昨日自分で書いてから色々と調べてみた。

けど、法華経を大切にしてる某宗教系のサイトが多くて閉口した。

もっとシンプルに意訳して分かりやすいサイトはないのか?

「何故法事でそのお経を唱えるのか?」

という僕の疑問に答えてくれるサイトをさがした。

ありました。

http://www.wdic.org/w/CUL/%E5%A6%82%E6%9D%A5%E5%AF%BF%E9%87%8F%E5%93%81%E7%AC%AC%E5%8D%81%E5%85%AD

更にサイトの中央抜粋

「この品(章)では、如来(仏)の寿命は無限であることが説かれている。その仏には、この世で衆生に対して教えを説いた釈迦(大恩教主釈迦牟尼世尊)も含まれる。

曰く、釈迦はこの宇宙のありとあらゆる所に存在しているとし、全ての衆生を生かす法「久遠実成の本仏」であって、それは永遠でかつ無限の存在なのだと説いている。

釈迦は「全ての生き物は、今ここにいる釈迦は釈迦族の王宮から飛び出し伽耶城近くの菩提樹の下で悟りを得たと思っているが、実は違う。私は仏に成ってからなんと無量無辺百千万億那由他劫という無限の時が経っている」と説いた。そして常にこの娑婆世界に存在し、他の百千万億那由他阿僧祇の国においても同様に、私は衆生に説法をして教化し続けて、衆生を導き功徳を与え続けてきたのだ、と説いている。

しかし釈迦も含め、あらゆる仏は永遠無限の存在でありながら、やがてこの世を去らねばならない。その理由として、仏がいつまでも死なないとなれば、その元で修行する菩薩は怠慢になってしまうため、愛の鞭としてこの世を去る。衆生を救うためなら釈迦は死んでみせたりもするが、実際には死んでなどおらず、常にこの世に生きて法を説いているのだ、と説いている。」


ただ、衆生に猫やその他のペットの命が入ってるかどうかはわからない。

ブッダさんが悟りを開いた時は動物と(特に四足の生き物)人間は別格だったんだよね? そりゃあ2000年くらい前だものね?

かんたんにされていてもよくわからない。

俺なりに噛み砕くと

あのブッダですら試練を(?)与えるためにこの世を(形だけ)去るのは僕らを導くためザンスよ。って

そうか?! これは試練なのか?! 試されているのだな?

・・・・・・・というのは仏教的思考です。

逆を言ったら(もう、屁理屈だけど)もし、みんなが素晴らしく、試練なんていらなかったら命は死なないの?

となる。

(まあ、死ですら死でないと言ってる時点で矛盾だと思うけど)

ネコが死んでマサムネがトチ狂った!(笑)わけではない。

それは本当かよ? というのが僕の心の奥底にはある。

だから本当であれば実証されるべき(だと思う)なのだけど、猫が死んで幸せかどうかなんてわからない。

魂が何処かへ行ったとかいうことよりも、書かれてることは本当なん?というのが本音だったりするわけです。

(こういう人は坊主に向いてない)

ぶっちゃけて言っちゃうと、イスラム教徒の人はどうやって救うの?

クリスチャンは?なんて言い出すと僕も宗教戦争の端っこで暗殺されちゃうかもしれない(影響力がないから狙われないけど)

僕が感じるのは諸葛孔明の三国鼎立の話に似てるなあというところ。

大まかに言って、イスラム、キリスト、仏教とパワーバランスが均衡しちゃうとそれを大きく崩すことは難しい。
ましてや様々な国にそれぞれ入り混じって色々な宗教がある時代ですからね。

昨日も書いたけど、厳しい戒律のイスラム(酒飲めない)は僕は無理そうだ。

かと言ってクリスチャンも向いてない。(クリスマスイブに生まれてるけど)

なんかその辺の猫神様がいらっしゃる神社があれば一帯の猫の幸せを願ってお参りしてもいいと思うけど、あとはあまりない。

女神が居て、僕に女運を授けてくれるなんてことを切り出すと恐ろしい事になるだろうし(笑)

そういうのって形だけでも道徳上よくない。(ま、今の法律では、ね?)

と、いうことはあの世へ行くと「人間用」と「動物用」の窓口がわかれてるのかな?

オマケにその先に信仰する宗教、宗派別に窓口なんかが分かれてるんかな?

妖怪ウォッチのマスコットみたいなのが「イスラムはこちらです~!」「キリスト教はこっちね~!」「仏教はまずこちらで、さらに分かれます~!」なんてことをやるのだろうか?

残念ながら死んでないのでわからないし、死んでる人はここに書き込めない。(たぶんね)

とにかく、明日の午後、骨を取りに行って、骨壷をリビングに置いたら僕の仕事は終わり!


※朝起きて読んでみたらタイプミス変換ミスがあったので直しました。 9:23

コメント

MAD PIERO .
2016年10月25日12:32

.

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