記事については↓
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160314-OYTET50111/
要はサッカーにおけるスーパーサブみたいなものですね。
僕は家庭の事情からレギュラーメンバーからサブになりました。(主力の稼ぎ頭ではなくなった)
だからといって僕をそういう立場にした多くの人を憎んだりはしません(笑)
実は、何かあると上記の記事のアリのように瞬間的に補助をします。
「働かない蟻って俺のことじゃん!」
と思って妻に言ってみたら「ふーん」と言って流されました(泣)
記事まで説明したのに!!ムッキー!!
けど、仕方ないので他の人が暑くてグロッキーになる夏場だけ普段よりも高い時給で(およそ二倍)炎天下で子どもたちの安全のために仕事をします。
そこには女性同士のグダグダした妬みや恨みや陰口の叩き合いはありません。
命に関係のない仕事というのはだらけていたってルールを守らなくて「死んじゃうわけじゃない」から木綿豆腐と絹ごし豆腐を間違って出したってそんなに怒られるわけじゃないんです。(それがいけない)
僕は他人とはちょっと変わっていて(ん?かなり変わってるか?)高校生の頃から「お金をもらう以上仕事にはプロ意識を持つ」というスタンスで仕事をしています。
縫い仕事の時はちゃんと仮縫いで依頼主の所へ持って行ってこれで作成していいか?と聞きますし、同じように縫ったら同じように畳んで納品します。(形になった時点でそれはお客様の商品ですから)
コンビニでバイトしていた時は「先入れ先出し」を徹底していたし、その後某洋服チェーンで働いた時は「柄合わせ」なる技も身につけました(たたんだ時同じ所で同じ柄が出るように陳列する)だからといってそのTシャツが馬鹿売れするかというとそうでもない。
ただ、開店時に綺麗に商品が並んでいる状態でお客様をお迎えするという仕事への姿勢なのだと思っています。
郵便を配っていた時は雨の日の配達は結構気を使いました。
ポストの蓋が壊れていたり、ふたそのものがないポスト(ブロック塀に埋め込まれていて投入口は普通なのだけど裏側の蓋がない)ポストへ投函しちゃうと郵便物がびちゃびちゃになっちゃう。
だからそういう家のポストは覚えておいて局内作業の時にビニール袋に入れちゃう。(そんなことヤレなんて言われないけど、受け取る側としてはね?)
でも、当時の上司の中には「お前は余計なことしなくていい、あそこの家はアノまま配ればいいんだ」なんて人もいました。
こういう上司に限ってトラブルが起きると「お前謝ってこい」っていうのでそういうのは無視してビニールに入れて投函します。(笑)
雨の日にビニールに入れて配達して文句を言われたことは一度もなかったです。
ま、常にお客様やお店なら次に品出しをする人が使いやすいように気配りをして仕事するなんてのはできて当然だと思いますけどね。
ただ、昨日も書いたけど最近、どこというわけじゃないけどいろいろな店で「できて当然」なことが少しずつできてないのが目につきます。
僕みたいな姿勢の人は接客に携わるなら当然の事だと思うし、そういう人は我がニッポンには履いて捨てるほどいらっしゃるはずです。
そう思いたい反面で、携帯がなると電車の中で会話を始める老人やゴメンナサイが言えない子供、接客用語が出てこない店員が増えてきてる気がするのです。
働かない蟻は働かない代わりにそういう微妙な変化を肌で感じ取ってどうにかならないかと日々思案してるのですが、これが僕の周りでだけ起きてることなのか? それとも日本全国津々浦々で当たり前に芽にすることのできる事象なのかはわかりません。
信玄公は「人は石垣、人は城」という言葉を残しています。
みなさんの周りの組織の石垣は崩れていませんか? 石垣が崩れてしまうと熊本城のように修理に多大な時間と労力がかかります。
日本という素晴らしい天守閣を持つ城の石垣が崩れ始める予兆でないことを切に願っています。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160314-OYTET50111/
要はサッカーにおけるスーパーサブみたいなものですね。
僕は家庭の事情からレギュラーメンバーからサブになりました。(主力の稼ぎ頭ではなくなった)
だからといって僕をそういう立場にした多くの人を憎んだりはしません(笑)
実は、何かあると上記の記事のアリのように瞬間的に補助をします。
「働かない蟻って俺のことじゃん!」
と思って妻に言ってみたら「ふーん」と言って流されました(泣)
記事まで説明したのに!!ムッキー!!
けど、仕方ないので他の人が暑くてグロッキーになる夏場だけ普段よりも高い時給で(およそ二倍)炎天下で子どもたちの安全のために仕事をします。
そこには女性同士のグダグダした妬みや恨みや陰口の叩き合いはありません。
命に関係のない仕事というのはだらけていたってルールを守らなくて「死んじゃうわけじゃない」から木綿豆腐と絹ごし豆腐を間違って出したってそんなに怒られるわけじゃないんです。(それがいけない)
僕は他人とはちょっと変わっていて(ん?かなり変わってるか?)高校生の頃から「お金をもらう以上仕事にはプロ意識を持つ」というスタンスで仕事をしています。
縫い仕事の時はちゃんと仮縫いで依頼主の所へ持って行ってこれで作成していいか?と聞きますし、同じように縫ったら同じように畳んで納品します。(形になった時点でそれはお客様の商品ですから)
コンビニでバイトしていた時は「先入れ先出し」を徹底していたし、その後某洋服チェーンで働いた時は「柄合わせ」なる技も身につけました(たたんだ時同じ所で同じ柄が出るように陳列する)だからといってそのTシャツが馬鹿売れするかというとそうでもない。
ただ、開店時に綺麗に商品が並んでいる状態でお客様をお迎えするという仕事への姿勢なのだと思っています。
郵便を配っていた時は雨の日の配達は結構気を使いました。
ポストの蓋が壊れていたり、ふたそのものがないポスト(ブロック塀に埋め込まれていて投入口は普通なのだけど裏側の蓋がない)ポストへ投函しちゃうと郵便物がびちゃびちゃになっちゃう。
だからそういう家のポストは覚えておいて局内作業の時にビニール袋に入れちゃう。(そんなことヤレなんて言われないけど、受け取る側としてはね?)
でも、当時の上司の中には「お前は余計なことしなくていい、あそこの家はアノまま配ればいいんだ」なんて人もいました。
こういう上司に限ってトラブルが起きると「お前謝ってこい」っていうのでそういうのは無視してビニールに入れて投函します。(笑)
雨の日にビニールに入れて配達して文句を言われたことは一度もなかったです。
ま、常にお客様やお店なら次に品出しをする人が使いやすいように気配りをして仕事するなんてのはできて当然だと思いますけどね。
ただ、昨日も書いたけど最近、どこというわけじゃないけどいろいろな店で「できて当然」なことが少しずつできてないのが目につきます。
僕みたいな姿勢の人は接客に携わるなら当然の事だと思うし、そういう人は我がニッポンには履いて捨てるほどいらっしゃるはずです。
そう思いたい反面で、携帯がなると電車の中で会話を始める老人やゴメンナサイが言えない子供、接客用語が出てこない店員が増えてきてる気がするのです。
働かない蟻は働かない代わりにそういう微妙な変化を肌で感じ取ってどうにかならないかと日々思案してるのですが、これが僕の周りでだけ起きてることなのか? それとも日本全国津々浦々で当たり前に芽にすることのできる事象なのかはわかりません。
信玄公は「人は石垣、人は城」という言葉を残しています。
みなさんの周りの組織の石垣は崩れていませんか? 石垣が崩れてしまうと熊本城のように修理に多大な時間と労力がかかります。
日本という素晴らしい天守閣を持つ城の石垣が崩れ始める予兆でないことを切に願っています。
コメント
給料が少なくて、奨学金が返済できなくて破産に追い込まれているそうです。
で、連帯保証人の親に降りかかってきて、親も払えずに破産するという
破産の連鎖が起きているとか。
もう石垣は崩れ始めているんじゃないかと。若者が税金・年金を払えないと
なるとまさに「日本が息してないの」になっちゃいそうで。いつデフォルトに
なってもおかしくないんじゃないかなぁ。
ふる~い大人が石垣を崩しているんじゃないかと。