今年から稲荷の皮を自宅で煮るのをやめた。

油抜きして味付けして煮汁がなくなるまで煮て熱いうちに開いて、裏返して・・・・・。

結局金曜日の夕方からかかって当日の明け方(夜中?)になるから。

ネタをばらしちゃうと茂蔵で12マイ入りを(味付け済み)買ってきちゃってそれに雑穀米ご飯を入れたので。

それでも弁当全部作り終わったのが深夜一時。

僕は朝が苦手で作って冷蔵庫で冷やして朝はそれを持ってでる。

だけにしておかないと一眼レフやらステンマグに入れた熱々のコーヒーやら荷物が沢山になってしまう。

それでも、まだ、開会式までに行けばいいから楽なんだけど、役員をやっていた頃は運動場の開門があったので(場所取りの整理)五時半とかだった。

もうね? 弁当作り終わったらちょっと寝て五時半に運動場。

六時半に開門して七時過ぎに戻ってきて一眠り。

色々な係の整理やらおやじの会の警備と子供の撮影・・・・。

に、比べたら随分と楽になった。

ということで手抜き稲荷を持ってでかけたのだけど、いきなり開会式なのにすでに黒山の人だかり。

息子は唯一男子の音楽隊(歌とか式の効果音)で開会式は小太鼓、とポータブル鉄琴みたいなやつ。(名前わからん)閉会式はその持ち歩き型鉄琴の演奏担当。

なので式典も含めて撮影しないといけないのだ。

警備も、撮影も、特に問題なくプログラムは進み(低学年の表現の演技がやり直しはあったけど)昼食。

昼食が終わり、洗い物を自宅へ持ち帰り、荷物を軽くして学校へ返す刀で戻り、午後に太陽が出てきて突然気温が上がった時にそれは起こった。

会場の警備を担当していた(僕らはビブスを着ていた)妻のところにご老人の女性が「救急車を呼んで欲しいのですけど・・・・」と。

「え?」

と現場へ向かいながら話を聞くと突然その方の旦那さんが倒れたらしい。

すでに誰かが入れ歯だけ外してくれていたみたいで胸の上に置いてある。

「呼吸、脈があるけど、意識がない!」

とりあえず、AEDは要らない。

傍らに立つ妻に「救急車を呼んで!」と。


突然、気温が上がり、熱中症で倒れたのかな?と思いつつ、悪いとは思いつつ「昼食時に校外飲酒?」も頭に入れつつ脈をとり続ける。

誰かご家族の方いませんか?

あれ? さっきの奥様は?

年齢は?

ぱっと見は80才を超えている。

お爺さんに呼びかける教頭先生

そこに突然

救急救命士です!

と割って入る人。

よく見ると一緒に役員やった人の旦那さん。

「私も本職です!」ともう一人、二人。

こうなってくると僕は脈の確認と地面→担架への移動と

グラウンドから道路沿いへの担架担ぎの手伝い、声掛けくらいしかやることがない。

グラウンドで呼びかけていて意識がなかった(舌が落ちかけていた)

お爺さんも本職の呼びかけと気道確保で(呼吸と心拍はきちんとあったので)気道確保の顎の手を払いのけるまで意識が戻ってきていた。

と、そこにその方の息子? 孫?らしき方が・・・・。

詳しい事情を聞くとどうやら昼休みに校外へでて目の前の酒屋でワンカップを買って飲んでいたらしい?(普段から昼間からワンカップ飲んでいるので)

昼にいなくなったあと、お酒臭かった。

などのお話も・・・・。

つまり、昼食後、ワンカップを一杯か二杯飲んだ。

急いで飲んできて一気に気温が上昇して予想外に酔いが回って倒れた。

お茶を渡していたというが、それらしきものは倒れた付近になかった。

オマケに認知症だったと。

と、昼間ここまで書いていた所ででかけたのだけど、実は帰路についていた時に妻の電話がなった。

ハルネの地下のカルディ前で深刻な表情で電話する妻。

直感で「悪い知らせ」だなと思いつつもコーヒー飲みながらワインを見ていたら話が終わった妻が

「○○さん(組内の旦那さん)が急に自宅で亡くなった」と。

実は組長な我が家は亡くなった家の希望があれば(ポイント)昔のようにお手伝いに行ったり、回覧板を回してもらうようにするのだけど、昨今では「知らせなくてもいいし、手伝いも要らない、家族葬でやるので参列もいりません」という家も出てきている。

実は僕は知らなかったのだけど、ここへ越してきてすぐにやっぱり組内の奥さんが亡くなった。

組長とは別にリーダーシップを取る人が「うちの組はみんな5000円づつ包もう」という話で決めてしまったらしい。

けど、組内といえどその人と個人的に付き合いがあればその額でもいいと思うけどあまり付き合いがなければ別にお線香だけあげて香典は包まなくてもいいんじゃない?と僕は思う。

ま、そういう経緯があって(あったことを聞いて)自治会へ報告する前に日取りが決まったら回覧板で訃報を回していいのか? 回してほしくないのか? 組内で手伝いするのか? しないのか? などの返答を待っていたりする。

オマケに自宅で亡くなったものでまだ「検死」からご遺体が戻ってきてないので(明日以降に戻ってくるらしい)なーんにも決まってないのが実情だったりする。

運動場でお酒飲んで倒れてPTA会長と養護の先生と三人の救急救命士と市民救命士の元PTA副会長(俺が一番ぺーぺーだ)に担がれて実は助かった命があったかと思えばなんでもない時間と場所でひっそりと亡くなってゆく命もある。

本当は2つをまとめるつもりなんてなくてなかったのだけど、書きかけででかけてしまったので長くなってしまった。

普段は何の取り柄もない僕だけど担架を運び出す際に

「病人が通りますので道を開けて下さい!」とよく通る声が役に立った。

オマケに岳母にそこを見られていて

「パパは担架運んでいたね!」と後々お疲れ様の言葉とともに気遣ってもらえた。

多分、僕は僕が思うよりも群衆の中で目立つのだと思う。

声が大きかったり思い切りが良かったりすることも今回、役に立った。

呼吸と心拍があったので「AEDは要らないから救急車を呼んで!」と冷静に対処できたのは夏に二度目の救命講習を受けていたからだとも思う。

しかしまあ、二日間にこれだけのことがあると体力的よりもなんというか精神的に疲れる。

また明日(もう、今日になってしまった)から日常が戻ってくるぞ・・・・・。

追伸 買ったシグマの望遠レンズの使い心地については後でレポートします。

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