意識があったのか? 殺意があったのか? 病気と事故の関連性など。

違うな。

病気の人が病気を隠してまで働かないといけない社会

こそ問題があるように思える。

昔から狐つきなどといわれててんかん患者は差別をされてきた。

現代ではきちんと服薬してストレスも疲労もたまらないようにしていればおそらく

大部分の人が通常と同じように生活できると聞く。

でもね、生活がかかってるのにみすみす僕はてんかん持ちです。車の運転は

ヤバイです。何かあったら大変です。と言えるか?

PCと脳をたとえるのは厳しいかもしれないけどあれは多分不必要なところに

電気信号が流れて意図しないようにPCが誤作動するのと同じ部類のものに

思えるのですよ。

PCなら再起動して様子見たり、不良部品が原因ならそれの交換でいけるかも

しれない。

が、しかし!

じゃあ脳のこの部分が不良品ですので交換になります。ってできるか?

現代の医療ではできない。

人は物とは違う。

震災の風評被害もそうだけど、我々の中にはまだ自分さえよければよいという人が

多い気がする。

五人組の制度じゃないけど回りもみんなよくて始めて幸せを共有できるような制度

を無理やりにでも作らないと僕らの中には連帯感が生まれないのか?とも感じる。

てんかんの人やその他の理由があって車の運転を控えたほうがよい人にはそういう

仕事をどんどん任せられる社会作りが必要だと僕は思う。

コメント

スミぱん@国会を見よう
2012年4月16日18:40

病気持ちの人でもできる単純な仕事はどんどん海外に持ってかれてしまうんですよねー。
ウチも病気持ちですが、生活のために車運転して職場行って、健康な人と同じ作業を
してますよ。時には安定剤のみながらね。多分、上司は健康な人とウチを同じに見てますよ。
「産業医との面談」のメールが上司のところにくるまでは。ほんとその時だけですわ。

マサムネ
2012年4月16日22:27

同じような事を同じような病気で仕事をもっている人から聞きます。現場に出るとみんな健常者と同じように扱う。と。それがよいのかわるいのかは僕は当事者ではないのでわからないですけど、肉体的なものと精神的なものの負担を軽く出来ないのかな?とは思います。

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索